
コロナ禍によって起きたバイクバブルが終わり、新車・中古車や用品の販売状況もコロナ前に戻ったいま、せっかく増えた新規ライダーを含む多くのライダーに、バイク業界側は何を提供しないといけないのか。誰もがバイクの楽しさを享受できる持続可能なバイクライフをこの先も継続するための考えを聞いていく。今回は、昨年の11月に自工会の二輪車委員会 委員長に就任したヤマハ発動機の設楽さん。現在、世界最大の二輪伸長市場であるインドで、ヤマハモーターインディアの責任者を長年務めた方の目から見た成熟市場である日本市場の現状、そして問題点について語っていただいた。同時に、3月25日付けで代表取締役社長に就任されたので、ヤマハ発動機の今後の舵取りについてもお聞きした。なお今回のインタビューは、東京モーターサイクルショー会場の会議室で行った。
●取材/文:ヤングマシン編集部(Nom) ●写真:荒木優一郎、真弓悟史、ヤマハ発動機
【設楽元文(したらもとふみ)】1962年生まれ、埼玉県出身。1986年、ヤマハ発動機入社、神奈川、埼玉、千葉で卸営業職に就く。1993年MC商品企画、1999年経営SGブランド戦略担当に。2003年から、ME(マリン)商品企画、ME事業企画、ME事業部、 2016年ME事業部長執行役員に就任。2018年ヤマハモーターインディアG会長兼社長執行役員、2022年コーポレート担当取締役上席執行役員、2024年代表取締役副社長執行役員、2025年3月25日付けで代表取締役社長に就任。
1980年代の鈴鹿8時間耐久の盛り上がりを再び起こしたい
設楽さんは、いま世界でもっとも伸長しているインドに2018年から赴任。その市場の成長ぶりをつぶさに見てきた目には、日本市場はどう映っているのだろうか。二輪車委員会委員長の立場でのご意見を聞いてみた。
「まず、インドは二輪の世界需要に大きな影響力を持っていて、世界中で二輪の需要が5000万台規模のなか、インドはいま2000万台弱を占めます。これが将来3000万台くらいの規模になると言われています。これは14億人という人口が背景にあって、それと比較すると日本は1億人ですから市場のサイズ感は当然小さくなります。
年間販売台数が300万台を超えていた’80年代と比較すると、昨年は40万台を割っていて、これはもはや二輪は移動の手段というよりは完全に趣味の世界です。ですから、この趣味の世界を日本のなかでどう定着させるかが重要で、一過性のトレンドではなく、定着した文化として位置付けていかないといけない。そのためには、二輪に乗っている人だけではなく、その人を支える家族や友人、社会的環境といったライダーの周囲をしっかり整えることが必要だと思います。
ヨーロッパなんかでは、会社をリタイアしたあとにバイクを楽しむというのが当たり前に語られるのに、日本だと「あ、そうなの」で終わっちゃう。そんなところがちょっと文化になり切れていない感じがします。
日本では、’80年代の鈴鹿8時間耐久レースに大勢のファンが押し寄せ、各メーカーとも社員を応援に動員して盛り上げて、真夏で過酷なレースなんだけど、見ている側の一体感があって行った人の記憶に強く残りました。残念ながらそれがしっかり根付いていなかったと感じているので、もう一度そうやって社員も動員しながら8耐を盛り上げようと思っています。今年はファクトリー体制でやりますし。二輪文化のひとつとして定着させるために、業界としてみんなで盛り上げることが必要だと思っています」
かつて、鈴鹿8時間耐久レースは10万人以上の観客を集める、まさに「真夏の祭典」だった。あの熱さを再現することで、一過性のトレンドではなく、しっかり根付いた文化にしたいと言う。そんな思いもあり、今年のヤマハはYZF-R1(上はレース用のベース車両をもとに制作したイメージ画像)でのファクトリー参戦を発表した(2025年5月24日、中須賀克行選手に続く参戦ライダーがジャック・ミラー選手に決定したと発表された)。
東京MCショーの盛り上がりに驚きとても健全な方向に向かっていると感じた
リード文にあるように、このインタビューは東京モーターサイクルショー会場内で行った。設楽さんが国内のショーを見るのは10数年ぶりという。
「なかなか見に来る時間が取れなかったので、今回はしっかり見たいといの一番に来ましたが、こんなに人気があるのかと驚きました。すごく刺激を受けましたね。とくに、メーカーが新商品を見せるだけじゃなく、普及の話もするし技術的な取り組みも公開している。とても健全な方向に向かっていると思いました」
今年は、原付一種がこれまでの50cc以下から125cc・最高出力4kW以下の新基準原付に代わるという大きな変化が起こる年。ホンダは大阪と東京モーターサイクルショーで、いち早くスーパーカブ110ライトという新基準原付を公開した。
「50ccから125ccになるのはいいと思います。世界中で見ると50ccは日本独自のカテゴリーですが、125ccになると世界のマジョリティになります。これは重要だと思います。
今回の新たなルールは、道交法と道路運送車両法、地方税、そして最高出力の測定方法などを全部セットアップしてできたと聞いていて、官民と地方自治体が一体感を持って導入するのが大事だと思います。
普通二輪免許で乗れる排気量を600ccまでにしようという意見もありますが、それも今回の新原付のルール施行のような形でやっていけばいいのではと思います。日本独自の排気量モデルを作ろうとすると余計な負荷がかかるので、世界標準ということを常に念頭に置いてものつくりをしていきたいですね」
東京モーターサイクルショーをご覧になるのは14~15年ぶりという設楽さんは、会場の盛り上がりぶりに非常に驚くとともに、大きな刺激を受けたと話す。単に新商品の発表にとどまらず、バイクライフへの提案型になっていると感じたそうだ。
官民と地方自治体が一体となって、今年4月から施行された新たなルールのもとに生まれた125㏄の「新基準原付」。今回のショーではヤマハからの発表はなかったが、量販モデルの125㏄をベースに今年の秋までには登場するはずだ。(写真は現行のジョグ125)。
バイオエタノールなど燃料系の変更で内燃機関をこの先も維持できる可能性は高い
将来のカーボンニュートラルに向けた動きも、自工会に課せられた大きな課題だが、内燃機関を維持継続してほしいというユーザーの声も強い。
「バイオエタノールとか、燃料系が変わってくると、内燃機関を維持する可能性が相当高まると思います。現在は、内燃機関を前提に部品メーカーさん、サプライヤーさんがセットアップされている状態なんで、それを急激に変えると影響力が強いんで、内燃機関を残しつつ、バッテリーEVもある程度のボリューム感でやっていく方向ですね。目的はカーボンニュートラルなので、そのためのいくつかのアイテムの中に内燃機関が残ることには意味があると思いますし、二輪の楽しみの世界のためにも残すべきだと思います」
設楽さんが二輪車委員長に就任することが発表された1月のメディアミーティングでは、自工会の取組むべき課題として「任意保険加入率の改善」、「二輪車乗車中の事故の低減」、「ライダーのマナー向上」が挙げられた。
「保険というのは社会の中でマストになっていますから、二輪車の任意保険加入率が低いのは問題で、しっかり取組まなければいけません。事故に関して私が気になっているのが、リターンライダーなんです。私もそうなんですが、どうしても若い頃の感覚が残っているので、リターンする際にはフィジカルなセルフチェックが必要ですね。そのうえで、安全性の高いライディングウエアを着る、メーカーも二輪の安全技術を発展させる、それらが組み合わさって安全も進化するのだと思います。
マナーの向上に関しては、かつてルールを無視する一部の人たちがいたせいで、アンチ二輪派を生んでしまったような気がします。二輪は心に充足感を与えてくれて、充実した人生を送るためのものだという情報を的確に伝えていく時期に来ています。この動きを、自工会、メーカー、メディアが一体となって作りだしていきたいですね」
人の琴線に触れるものづくりを
設楽さんは、3月25日付けでヤマハ発動機の代表取締役社長に就任した。選任の理由として渡部会長が言った『設楽は(ヤマハが唱える)感動創造企業を体現している』という言葉がとても印象に残っている。
「感動というのは人によって受け止めがそれぞれ違うので、自己体験をお話しするのがいいと思います。私がヤマハに入社した理由は、学生の頃に二輪のレースの世界を味わってみたくて、筑波サーキットを125ccバイクで走ったときのことです。各メーカーとも排気量と馬力は同じはずなのに、走ると圧倒的にヤマハのRZが速かったんです。私は他社のバイクで1分13秒くらいなのに、RZは11秒台に入れている。RZを借りて乗ってみたら、自分も11秒台で走れました。この差はなんだと思ったとき、それは2ストロークに対する技術力の差なんだと思って、ヤマハが大好きになったんです。
他社製125㏄では1分13秒しか出せなかったが、ヤマハ・RZ125に乗ったら1分11秒台が出てヤマハの技術の高さを実感、そして感動してヤマハファンになったと設楽さん。人によって受け止め方は異なるが、自分の琴線に触れたときに感動が生まれるのだ。
その後、ヤマハに入社したくなっていろいろ調べていると、トヨタ・2000GTというヤマハがエンジンを製造したクルマがあって、このクルマのインストルメントパネルにはピアノに使われるローズウッドという部品が使われていたんです。こんないいモノを使っているクルマなんか日本にはほかにないので、こういう材料を使えるメーカーに入りたいと面接で言いました。
人を感動させるということは、その人の琴線に触れることです。それがブランディングだと思うんですが、そういうエッセンスを社員がちゃんと理解して、その感覚を磨いて初めてしっかりしたブランドができると思うんです。ですから、人の琴線に触れるものつくりをする感覚を持つ人の数を増やす。それをしっかりやっていきたいと思っています。先日も、ある投資アナリストの方とお話ししたとき、ヤマハの125ccを買って、すでに4000km走ったと言うんです。そして、こんなにいいバイクを作ってくれてありがとうと。そういう方とはやはり話が通じますよね。その方の琴線に触れることができたんだと思いました。
会社がやるべきことっていうのは、そういうことを大切にする。会社だからと言って、投資だとか収支だけで見るんじゃなくて、ちゃんとした本物をお客さまに提示できているかというのがとても大事で、今後ますます重要になってくると思っています」
’55年7月の第3回富士登山レースに出場するにあたり、勝つための速さだけではなくスタイルにも徹底的にこだわったYAー1を生み出したヤマハ。いまに至るまでその理念は脈々と受け継げられ、人々の琴線に触れ、感動してもらうことを至上命題としたものつくりを行っているのである。
1955年7月に開催された富士登山レースで登場したヤマハの製品第1号のYA-1。当時、黒一色が主流だったバイクに対し、斬新な栗茶色のカラーリングと流麗なデザインをまとったYA-1は、速さだけではなく見た目の美しさにもしっかりフォーカスして誕生した。
設楽さんの提言
- 鈴鹿8耐の盛り上がりをしっかり根付かせる
- 官民、地方自治体で一体となって新たなルールを決めていく
- 二輪の楽しみの世界のため内燃機関を残すべきだ
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